1995年11月30日

遺伝子組換え植物の実用化にむけて遺伝子導入新技術開発

日本製紙株式会社

1 遺伝子導入技術における問題
植物バイオテクノロジーの発達にともない、遺伝子組換えによる農作物の改良が急速に進歩しているが、植物の形質は多数の遺伝子群に支配されており、これらを改良するには、遺伝子組換えを繰り返し多数の有用な遺伝子を蓄積させる技術が不可欠である。しかし、従来の技術では、遺伝子組換え時に使用する標識遺伝子(注1)が遺伝子組換え体に残留するため、一度用いた標識遺伝子の再利用ができず、また食品としての安全性の確認や環境への影響評価が必要であった。これら実用化への大きな課題を克服するため、標識遺伝子を除去するシステムの開発が望まれている。
 
2 新技術 MATベクターシステム
当社では、2年前より開発に取り組み、遺伝子導入の新技術としてMAT(Multi-Auto-transformation)ベクター・システムを開発した。この特徴は、標識遺伝子として、ipt遺伝子(注2)と、遺伝子導入後にipt遺伝子を除くための遺伝子をセットで用いる点にある。まずipt遺伝子により植物体の中でサイトカイニンが過剰生産され、遺伝子組換え体の形態が頂芽優勢を消失した多芽体になり形が変わる。このため、視覚的に容易に組換え体を選抜することができる。またipt遺伝子を除去すると、頂芽優勢が復元した正常伸長個体となり視覚的に容易に選抜することができる。タバコおよびヤマナラシ(ポプラ科)を材料に用いた評価試験により、遺伝子再導入の操作を繰り返すことができることが確認された。
 
3 MATベクター・システムによる効果
上記の特徴から、本システムでは次のような効果が期待できる。
・複数の遺伝子を多数回導入し、有用な形質を支配している遺伝子群を徐々に改変できる。
・標識遺伝子が組換え体に残留しないので、従来の技術に比べて安全性の高い組換え体の作成ができる。
・従来の標識遺伝子による遺伝子組換え体の選抜が困難な植物に応用できるので、遺伝子導入効率の低い農作物において、遺伝子組換え体の実用化が期待できる。
 
4 今後の当社の取り組み
ポプラ、ユーカリ、パインなどの製紙用樹木について、遺伝子組換えにより有用遺伝子を多重導入し改良する方法を開発していく予定である。また、国内外に申請済みの基本特許を基に、先に技術提携関係のある国際的なバイオ企業である英国ゼネカ社と本件の技術評価契約を結び、農作物への応用技術について検討していく計画である。
 
(注1)標識遺伝子
遺伝子組換え技術により有用な遺伝子を植物に導入する場合、組換え体を効率よく選抜するためのマーカーとなる遺伝子。現在、カナマイシンなどの抗生物質を解毒する遺伝子が広く使われている。
(注2)ipt遺伝子
植物ホルモンのサイトカイニンを合成する遺伝子。植物体の中でサイトカイニンが過剰生産されると、多数の芽の分化が促進される。

 
以上