木が持つ可能性について

日本製紙との出会い

日本の食料安全保障は、輸入依存度の高さ、気候変動の影響、国際情勢の不安定化、世界的な食料需要の拡大、国内農業の脆弱化というリスクに直面しています。政府はこれに対応するため、食料安全保障強化政策大綱や食料供給困難事態対策法の制定、増産指示や財政支援の仕組み整備、リスク分析と評価の強化、国内生産基盤の強化、備蓄体制の強化、国際協力の推進などを実施しています。私も農林水産省の客員研究員として、日々、飼料やフードロスに貢献する持続可能なソリューションを模索していましたが、一定の品質で大量生産に耐えられ、ビジネスとしての目処が立ち、安定的に供給可能という、これら全ての要件を満たしているものを3年の月日を費やしても見つけることができませんでした。

その探求の一環として、FOODEX JAPANというアジア最大級の食のイベントに参加。そこで、日本製紙のセレンピアブースを発見。しかし、なぜ製紙会社が食のイベントに参加しているのか、最初は不思議に思いました。ブースで詳しい説明を聞いてみると、私は驚かされました。そこには日本の食の危機を救うかもしれない、とんでもない技術が秘められていたからです。

元気森森®:木材から生まれる新たな飼料

元気森森®は、日本製紙が開発した高消化性セルロースを主成分とする養牛用飼料です。木材から牛が消化しやすい繊維(セルロース)を取り出し、牛の健康と生産性を向上させることを目的としています。元気森森®には、高エネルギーのセルロース、緩やかな消化、国内製造・安定供給という三つの大きな特徴があります。セルロースの純度が高く、粗繊維の消化率が97%、乾物のTDN(可消化養分総量)が95.6%と非常に高いため、牛の繁殖成績や乳脂肪分の向上が期待されます。また、高エネルギーでありながら、消化・吸収が緩やかで、牛のルーメン環境(第一胃)の安定と消化率の向上が期待されます。さらに、国内の適正に管理された森林から産出した木材を使用し、国内の工場で製造されるため、年間を通して安定した品質と供給が可能です。

元気森森®には多くの可能性があります。まず、牛の健康と生産性向上です。アシドーシス(酸中毒)の予防、乳量・乳脂肪量のアップ、繁殖成績の改善(受胎率向上)、子牛の健康増進、周産期の牛の健康維持に効果があります。また、国内食料自給率の向上にも寄与します。輸入飼料から国内飼料に切り替えることで、総合食料自給率の向上に貢献し、適正に管理された森林資源を活用することで環境保護にも貢献します。さらに、持続可能な農業の推進にも寄与します。森林資源の有効活用により、持続可能な農業の推進に寄与し、特に、木材チップを利用することで、余剰パルプの有効活用が可能となり、ペーパーレス化が進む中での新たな利用法として注目されています。

木から生まれた牛のエサ『元気森森®』

セレンピア®:食品添加物の新たな可能性

cellenpia®(セレンピア®)は、日本製紙が開発したセルロースナノファイバー(CNF)を原料とする食品添加物です。木材由来の持続可能な素材であり、環境に配慮した製品として注目されています。cellenpia®には、増粘性、保水性、乳化安定性、生分解性、耐塩性、温度安定性という特徴があります。少量の添加で食品の粘度を調整でき、食品の水分保持能力を向上させ、油と水の分離を防ぎ、長期的な乳化状態を維持します。また、環境中で分解されやすい特性を持ち、高い塩濃度条件下でも安定した粘度を発現し、低温から高温まで広い範囲で安定した粘度を保ちます。

cellenpia®の食品添加物としての可能性は、食感改善、賞味期限延長、フードロス削減、幅広い応用、国際展開、サンスクリーン剤への応用、界面活性剤フリーの製品開発など多岐にわたります。パン、お菓子、水産加工品などの食感を向上させ、保水性や乳化安定性により食品の品質保持期間を延ばし、製造時の歩留まり改善や賞味期限延長効果により食品廃棄物の削減に貢献します。また、パン、お菓子、水産加工品など様々な食品分野での採用が進んでおり、海外での採用も進んでいるため、グローバルな市場での成長が期待されます。

食品添加物として使用できるセルロースナノファイバー(CNF)cellenpia®

木材の新たな可能性

日本製紙が開発した元気森森®とcellenpia®の二つの技術は、日本の食料安全保障に以下のような形で貢献する可能性があります。

まず、元気森森®は国内の木材資源を活用して生産される養牛用飼料です。これにより、輸入飼料への依存度を下げ、国内の資源を有効活用することができます。また、日本の飼料自給率は26%と低いため、元気森森®のような国産飼料の普及は飼料自給率の向上に寄与し、食料安全保障の強化につながります。さらに、元気森森®は国内調達の木材を使用し国内工場で製造されているため、年間を通じて安定した品質と供給が可能です。これは国際情勢に左右されにくい安定した飼料供給につながります。高い栄養価と消化性を持つ元気森森®は、畜産業の生産性向上や競争力強化にも寄与し、強い国内畜産業の確立に貢献します。

牧場での牛の様子

一方、cellenpia®は食品に添加することで保水性や保形性を向上させ、加工食品のパンクや型崩れを防止し、菓子類の賞味期限を延長することができます。これにより食品ロスの削減に貢献し、食料資源の有効活用につながります。さらに、cellenpia®の特性を活かすことで、食品の食感や品質が改善され、新たな食品開発の可能性が広がります。例えば、米粉にcellenpia®を添加することで、滑らかでなめらかな食感が得られ、保水性が向上し、しっとりとしたパンが長く保てるようになります。これにより、米粉パンの普及が進み、国産米の需要拡大にも寄与します。

セレンピア®を添加した米粉パンはふっくらした状態が長く保たれる。

元気森森®とcellenpia®は、環境負荷の低減にも寄与します。両製品とも木材由来の素材を使用しており、適切に管理された森林資源の活用は持続可能な食料生産システムの構築に繋がります。政府の食料安全保障強化政策や備蓄体制の強化、国内生産基盤の強化においても、これらの技術は重要な役割を果たします。国内で安定的に供給できる飼料や食品添加物の存在は、食料供給の安定化に寄与し、危機時にも迅速な対応が可能となります。

これらの技術を活用することで、日本の食料安全保障は一層強化され、輸入依存からの脱却と持続可能な農業の実現に向けた確かな一歩を踏み出すことができるのです。元気森森®とcellenpia®は国内資源の有効活用、飼料・食品の安定供給、食品ロスの削減、新たな食品開発の可能性など、様々な側面から日本の食料安全保障に貢献する可能性があると言えます。

日本製紙が掲げるカーボンニュートラルなビジネスモデル「3つの循環」

一部コスト面では課題がある部分もありますが、賞味期限延長や牛の健康と生産性向上などの効果を考慮すると、年間にかかる全体のトータルコストは軽減されるでしょう。全体的にはコストが同等もしくは安くなる可能性が高く、これらの技術の今後の動きに大きな期待が寄せられます。