特別寄稿「迫りくる食の危機」Vol.1「食料安全保障」

特別寄稿「迫りくる食の危機」シリーズの第一回は「食料安全保障」です。

わたしたちが安全に食料を調達できる、とはどういうことなのでしょうか。
そして手軽に食料を調達できる現在の状況を維持するために、消費者としてできることはあるのでしょうか。

一緒に考えていきましょう。

迫りくる食の危機

株式会社スペックホルダー
代表取締役社長 大野 泰敬

1) 食料安全保障とは

食料安全保障という用語は、個々人がいつでも、安全かつ栄養価の高い食料にアクセスできる状態を指します。この概念は単に「食べ物がある」という状態を超え、活動的かつ健康的な生活を支える質と量の食料を保障することを意味します。この基本的な考え方は、国内だけでなく国際的な文脈でも重要です。1970年代以降、食料安全保障は国連食糧農業機関(FAO)などにより、全人類の基本的権利の一つとして認識されています。FAOによると、食料安全保障は「すべての人々が、常に、物理的にも経済的にも社会的にもアクセス可能な、十分で安全な栄養のある食料を利用できる状態」であると定義され、日本の文脈では、食料・農業・農村基本法がこの概念の基盤となります。この法律は、国内農業生産の増大を図り、輸入及び備蓄とのバランスを通じて、食料の安定供給を確保することを目指しています。特に、不測の事態が発生した場合においても、国民の基本的な食料ニーズを満たすことの重要性が強調されています。

食料安全保障は、全人類全世界共通の課題として、対策が取り組まれている。

現在食料安全保障は、様々な外部要因により脅かされています。これには国際的な紛争、気候変動、パンデミック、経済的不安定さなどが含まれ、これらの問題に対応するための国内外の取り組みが急務とされています。解決策は単一ではなく、政策立案者、民間セクター、個々の消費者が共同で取り組むことが求められます。たとえば、気候変動に対する適応策、サプライチェーンの強化、技術革新による生産性の向上などが挙げられます。

2) 現在の食品自給率

日本の食料自給率は、カロリーベースで38%、生産額ベースで58%と報告されています。これは、2022年度の統計に基づく数値であり、カロリーベースでの自給率は前年度と変わらず38%である一方で、生産額ベースでは前年度より5ポイント減少し、1965年度から比較可能なデータの中で最低を記録しています。こうした自給率の数字は、海外からの飼料や肥料の輸入が途絶えないという前提の下で算出されています。つまり、これらの輸入が停止した場合、自給率は大幅に低下することを意味します。
特に、畜産物に関しては、その自給率の低さが顕著です。海外からの飼料が供給されない場合、牛肉の自給率はわずか13%、豚肉は6%、鶏肉は9%にまで低下します。これらの数字は、日本の畜産業がいかに海外からの飼料に依存しているかを示しており、食料安全保障の脆弱性を浮き彫りにします。

国産飼料のみで生産すると、自給率が大幅に低下する。
※農林水産省「食料自給率」より抜粋

この依存度の高さは、国際情勢の変化や貿易紛争、自然災害などによって、飼料の供給が不安定になるリスクをはらんでいます。例えば、主要な飼料輸入国であるアメリカやブラジルが、気候変動による干ばつや作物病害の影響を受けた場合、日本への飼料供給が減少し、それに伴い畜産物の生産コストが上昇する可能性があります。また、輸入制限や高関税などの貿易障壁が設けられた場合も、同様の影響が懸念されます。
このように、海外からの飼料依存度が高いことは、食料自給率に大きな影響を及ぼすだけでなく、国内の食料価格や供給の安定性にも影響を与える重要なファクターです。したがって、畜産物の自給率を向上させるためには、国内での飼料生産能力の拡大や代替飼料の開発、飼料効率の向上を図ることが必要です。また、消費者の食生活の多様化や、地産地消に基づく食料消費の促進も、自給率向上に寄与する可能性があります。

飼料の高騰化は国内だけではなく、世界で起こっている問題で、各国ごとに対策が行われている

3) 今後の傾向

「スーパーで好きなものを手軽に購入できる」現在の状況を維持するためには、私たち消費者として適正価格で商品を購入することが必要です。原材料費の高騰に直面している生産者へ適切な対価を支払うことで、彼らを支援し、持続可能な生産体系を保つことができます。生産者が存続できなければ、食料を生産する人々がいなくなり、私たちは食料不足に直面する可能性が高まります。これが現実となれば、海外からの食料輸入に依存することになるでしょうが、経済力や環境変動の影響により、安定供給は保証されません。
こうした不確実な未来に対処するためには、企業が一次産業への投資を拡大し、生産性向上や代替技術の開発に資金を投じることが求められます。これにより、食料安全保障の基盤を強化し、持続可能な供給体系の構築を図ることができるでしょう。
私たち一人ひとりが意識的な消費を心掛け、企業が戦略的に投資することで、不安な未来を乗り越え、安定した食料供給を実現できる力を持っています。それぞれの行動が未来を形作るため、一致団結して取り組むことが重要です。

第2回は「脅威となる要因」と題して、食料安全保障をとりまく環境について考えます。