特別寄稿「迫りくる食の危機」Vol.2「脅威となる要因」

「迫りくる食の危機」と題して、株式会社スペックホルダー代表取締役社長 大野泰敬氏に寄稿いただいています。

第1回では、食料安全保障の重要性と食品自給率の問題について考えました。
第2回は「脅威となる要因」です。私たちの食料安全保障を取り巻く環境、問題、課題について取り上げます。

迫りくる食の危機

株式会社スペックホルダー
代表取締役社長 大野 泰敬

1) 世界の人口増加

世界人口の増加は、食料安全保障に対する圧力を増大させる主要な要因の一つです。2022年11月15日には世界人口が80億人に到達し、この数は2030年には約85億人、2050年には約97億人に増加すると予測されています。一方で、人口増加率はピーク時の1963年の2.27%から減少し続け、2020年には1%を下回るまでに鈍化しました。この鈍化のトレンドは、出生率の低下によるもので、特に先進国を中心に顕著です。

※単位:億人
※国連の「世界人口推計」より抜粋

しかし、人口が増加し続ける国もあります。特に、コンゴ民主共和国、エジプト、エチオピア、インド、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、タンザニアの8カ国では、2050年までに人口が著しく増加すると予想されています。サハラ以南のアフリカ諸国は、この期間中に世界人口増加の大部分を占めると見込まれており、この地域の人口増加は世界の食料安全保障にとって特に大きな影響をもたらします。長期的な予測では、2080年代に世界人口は約104億人に達するとされ、その後は横ばいになると予想されています。一部の予測では、2100年に世界人口が109億人に達する可能性がある一方で、より保守的な見積もりでは、103.5億人としています。これらの予測の違いは、将来の出生率、死亡率、移民の流れなど人口動態に影響を与える要因に対する不確実性に基づいています。
食料生産と消費の観点から見ると、人口増加は特に食料需要の増加、農地への圧力、水資源の競合、および持続可能な農業実践への移行という課題を引き起こします。さらに、気候変動の影響と相まって、特定地域では食料生産が困難になり、食料価格の不安定性が高まる可能性があります。これらの要因はすべて、世界的な食料安全保障の脆弱性を増加させるため、国際的な協力と持続可能な食料生産戦略の推進が今後さらに重要になります。

2) 気候変動が食品生産に与える影響

気候変動は、農業生産、水産業、飼料の供給など、食品生産のあらゆる側面に深刻な影響を及ぼすと予測されています。

気温の上昇は、作物の成長期間を短縮させ、特定の作物にとっての最適な成長条件を変化させることが予測されています。結果として、収穫量が減少し、作物の栄養価が低下する可能性があります。また、高温によるストレスが植物の生理機能に影響を及ぼし、病気や害虫の被害に対する抵抗力が弱まることもあります。そして、洪水や干ばつなどの極端な気象イベントの増加は、農地を破壊し、作物の生育環境を不安定にします。世界各地での干ばつは甚大な経済的損失をもたらし、過去27年間(1983年から2009年まで)の間に、主要な穀物(トウモロコシ、コメ、ダイズ、コムギ)の生産において約1660億ドル(約18兆円)の損失が発生しています。さらに、2022年の1月から6月の期間においては、干ばつによる被害額が全世界で132億ドル(約1兆8500億円)に達し、これは2019年から2021年の同期間の平均と比較して4.7倍に増加しています。
これらの数字は、干ばつが世界の食料生産に与える影響の深刻さを示しており、特に農業が主要産業である地域では、生活や経済に対するリスクが非常に高いことを意味し、水不足だけでなく、食料価格の高騰、食料安全保障の脅威、さらには社会的不安や移動の増加など、広範な社会経済的問題を引き起こす可能性があります。

※世界では干ばつの影響で約18兆円もの被害が出ている。

温暖化と海洋の酸性化により、養殖業で利用される魚粉の原料となる小魚の生産量が減少し、魚粉の品質にも悪影響が及ぶ可能性があります。これに伴い、高品質のタンパク質源への需要が増大すると予測されます。一方で、畜産業では、主にトウモロコシを原料とする飼料の生産にも気候変動が影響を与えています。地域によって異なる影響が見られるものの、一般的には生産量の不安定化が見込まれ、これが畜産物の生産コストの増加や飼料価格の変動を引き起こす可能性があります。

さらに、トウモロコシはバイオエタノールの原料としても広く使用されてきており、特にアメリカからのトウモロコシは日本にも多く輸入されていますが、この需要が高まることで、日本への供給が不足するか価格が高騰する可能性があります。これは日本の食料供給に影響を及ぼすことになります。

このような状況を踏まえ、気候変動による食料生産の不安定化を緩和し、持続可能な食料供給システムを構築するためには、農業や水産業の適応策の実施、持続可能な飼料と肥料の利用方法の変更、技術革新や政策の調整が必要です。これにより、世界的な食料安全保障に対する脅威を減少させ、社会経済的問題を解決する方向へと進むことが可能になります。

3) エネルギー問題

日本のエネルギー基本政策に関する懸念点と課題は、エネルギー自給率の低さ、国際情勢の影響、温室効果ガス排出など、多岐にわたります。これらのエネルギー問題は、食料生産、加工、保存、輸送といった食料供給チェーン全体にわたって重要な影響を及ぼし、結果として食料安全保障に直接的な影響を与える可能性があります。

日本の農業生産では、機械化された農作業、灌漑システム、肥料や農薬の製造・運搬に多量のエネルギーが消費されます。エネルギー供給に障害が発生すると、これらの活動に影響を及ぼし、食料生産量の減少に直結する恐れがあります。特に、エネルギー価格の上昇は農業生産コストの増加を意味し、食料価格への上昇圧力となる可能性があります。食料品の加工プロセスでは、製粉、精米、パッケージングなどの工程がエネルギーを大量に必要とします。エネルギー供給の不安定化やコスト上昇は、加工コストの増加につながり、最終的に消費者価格の上昇を招く可能性があります。また食料品の保存には、冷蔵や冷凍設備が広く使用されていますが、これらの設備は連続したエネルギー供給を要します。エネルギーの供給不足や価格の高騰は、食料の保存コストを上昇させ、保存食料品の価格に影響を及ぼす可能性があります。また、エネルギー供給の不安定は食品の品質保持にも悪影響を与え、食品ロスの増加につながる恐れがあります。食料品の輸送に必要なエネルギーは、トラック、船舶、飛行機などの輸送手段に大きく依存しています。エネルギー供給の不足やコストの上昇は、輸送コストを直接的に増加させ、食料の市場への供給不足や価格上昇のリスクを高めます。これは、特に輸入食品に依存する日本において、食料安全保障にとって重大な問題です。

エネルギー問題は、食料生産から消費に至るまでの全過程にわたって影響を及ぼします。エネルギーの不足や価格の上昇は、食料の生産コストを増加させ、食料価格の上昇、食料品質の低下、食品ロスの増加といった形で食料安全保障に悪影響を及ぼす恐れがあります。日本政府は、エネルギー政策と食料安全保障政策の両方で、これらの課題に対処するための戦略を策定し、実施する必要があります。

4) 材料費用の高騰化

原材料費の高騰は、食料安全保障における複数の重要な側面に影響を与え、その結果、食料の可用性、アクセス性、利用の持続可能性が損なわれる可能性があります。肥料や飼料などの農業生産資材の価格上昇は、農業経営に大きな負担をかけます。これは、生産コストの増加に直接的につながり、農家の利益を圧迫します。利益が減少すると、農家は生産規模を縮小させたり、最悪の場合は農業を廃業したりする可能性があります。このようにして、農業生産コストの上昇は、生産量の減少につながり、国内の食料供給能力に悪影響を及ぼす可能性があります。

食品メーカーや小売業者によって最終的に消費者価格へと転嫁されます。食料品価格の上昇は、家計にとって大きな負担となり、特に低所得層では食料へのアクセスがさらに困難になることが懸念されます。経済的に脆弱な層が購入できる食料の量や質が低下すると、栄養不足や健康問題が発生するリスクが高まります。

原材料費の高騰により、農業生産資材の供給が不安定になり、価格の変動が激しくなることがあります。これは、農業生産に直接的な影響を及ぼし、食料生産の計画性や安定性が損なわれる原因となります。さらに、食料供給の不安定化は、市場での食料価格の急激な変動を引き起こし、消費者にとっての予測不可能性を高めることになります。日本のように食料の多くを輸入に依存している国では、国際市場での食料価格の高騰が直接的に国内の食料安全保障政策に影響を及ぼします。食料価格の国際的な高騰は、輸入コストの増加を意味し、国内での食料価格への上昇圧力となります。これは、政府による食料安全保障政策の見直しや、価格安定化対策の強化を迫ることになり、政策立案者にとって重要な課題となります。

これらの影響は、食料の持続可能な供給とアクセスに重大な課題をもたらし、特に経済的に脆弱な層における食料アクセスの困難化や食料価格の上昇が社会的な問題を引き起こす可能性があります。このような状況に対処するためには、生産コストの軽減、効率的な食料供給システムの構築、そして国際的な食料市場の変動に対する強靭な対応策の策定が求められます。

※2023年度の日本のパン屋の倒産件数は37件に上り、過去最多を記録。小麦やバター、牛乳などの原材料価格が上昇し、円安などの影響も。

5) 少子高齢化と労働人口の減少

日本の高齢化社会の進行は、食料安全保障に対して重大な影響を及ぼす可能性があります。総人口に占める高齢者の割合が増加する一方で、生産年齢人口が減少していくという人口構造の変化は、農業生産力の低下、食料自給率のさらなる低下、食料供給の不安定化、食料価格の上昇という形で、日本の食料安全保障に複数の課題を投げかけています。

また、日本が直面している労働人口の減少は、経済、社会、そして特に食料安全保障に多大な影響を及ぼす懸念があります。2040年までに労働人口が約1,200万人減少する可能性があり、これは労働人口が約20%減少することを意味します。この労働力の減少は、農業を含むすべての産業において生産性への重大な影響を及ぼします。

※中小企業庁のデータを集計し作成。

労働人口の減少は、直接的に農業生産力の低下につながります。特に、家族経営の小規模農家では、後継者不足による農地放棄が進む恐れがあります。これにより、国内の食料生産能力が低下し、食料自給率に悪影響を及ぼす可能性があります。農業生産力の低下は、日本の食料自給率のさらなる低下を招く恐れがあります。すでに低水準である食料自給率がさらに低下すれば、国際市場の変動により食料価格が不安定になるリスクが高まります。また、労働力の減少は、農業だけでなく、食料加工や流通セクターにも影響を及ぼし、食料供給の不安定化を招く可能性があります。食料の生産から消費に至るまでのサプライチェーン全体で労働力が不足すると、食料供給の効率が低下します。

6) これら目指すべき道

これらの様々な脅威を考慮に入れた上で、私たちは悲観的な見方だけに囚われるのではなく、前向きな展望も持つことができます。今までの常識やしきたりを壊し、新たな機会として捉えることで、日本の食料安全保障や労働市場、エネルギー政策などの課題に対処していくことが可能です。戦後日本は多くの制度を構築してきましたが、これらは必ずしも現代のニーズに適応しているわけではありません。高齢化、人口減少、環境問題、国際的な競争の激化など、新たな課題が顕在化している今、過去の枠を超えた大胆な改革が求められています。

たとえば、労働力不足に対応するためには、技術革新を進めることで生産性を向上させると共に、女性や高齢者の労働市場参加を促進することも考えられます。また、農業分野では、スマート農業の導入により少ない人手で高効率な食料生産を実現したり、新しい物流・サプライチェーンを作り直すということも可能になるかもしれません。さらに、持続可能なエネルギー利用の推進や、地域ごとの特性を生かした食料自給率の向上策も重要です。国際的な協力を深め、気候変動対策や資源管理を強化することで、食料とエネルギーの安定供給を実現することができるでしょう。

これらの改革が成功すれば、日本はさらに持続可能で包括的な社会へと変革を遂げることができます。未来に対する一歩を踏み出すためにも、現在直面している困難を乗り越えるための具体的な行動を開始することが必要です。これは、単に危機を乗り越えるだけではなく、日本をより良くするための大きなチャンスであり、私たちの次世代に持続可能な未来を残すための重要なステップとなっていくと考えています。

第3回は「ピンチをチャンスに」と題して、持続可能な食料システムを構築するためのヒントについて考えます。